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インディーズ

インディーズ

かつて1960年代に起きたエレキGSブームの渦中にいたバンドには、ライブハウスやインディー・レーベルといった活躍の場もなく、お仕着せの意匠をまとい、商業システムに埋没する手段しか用意されていなかった。1970年代後半からのパンク・ニュー・ウェイヴを経験したアンダーグランドでは、自己表現の場を求める動向が再燃するが、その先陣を切ったのは「東京ロッカーズ」の一群だった。
1980年代に入ると、東京勢としてスターリンやゼルダ、関西ノー・ウェーブ勢のINU、非常階段が後続し、ゴジラ、エレグラフ、ピナコテカ、シティ・ロッカーなどのインディー・レーベルが誕生、インディーズ・シーンの黎明期を築き上げていった。自己表現の場が幾つも用意され、シーンは活況し、ラフィン・ノーズ、ウイラード、有頂天のバンドを「インディーズ御三家」と呼ぶほどの現象が表出した。

1980年代後半期には、出版社の宝島が出資したキャプテンや筋肉少女隊のナゴム、BUCK TICKの太陽、 X(X JAPAN)主宰でLUNA SEAを輩出したエクスタシーといったメジャーに拮抗するレーベルが立ち上がり、インディー・レーベルは独自の流通を整備していった。
こういったアマチュア・バンドの動向は、商業ベースからのアプローチを受けることになる。1989(平成元)年2月から放映されたTBS系「いかすバンド天国」(イカ天)だ。1stシングル「さよなら人類」がミリオン・セラーを記録したたまをはじめ、JITTERIN’JINN、FLYING KIDS、 BLANKEY JET CITYらがメジャー・デビューを果たし、バンド・ブームの一役を担った。

また、バンド・ブームは原宿の歩行者天国(ホコ天)での路上ライブとも密接に関連し、JUN SKY WAKER(S)やTHE BOOMなどが注目を集めていた。
シーンは定着するかに見えたが、インディーズは才能を安直に発掘するメジャーの青田買いの場となり、ホコ天では周辺住民とのトラブルを巻き起こし、バンドの解散やイカ天の番組終了により、1990年代になるとブームは収束に向かった。いつの間にかパンク・ニュー・ウェイヴで培ったはずのDIY精神は、時代を象徴するバブルにまみれてしまった「ホコ天・イカ天・バンド・ブーム」という希薄化した音楽やメッセージを握りしめていた。一連の現象はロックの裾野を広げる牽引力として働いた側面はある。だが、一種のファッションと化してしまう危うさを携えたアイデンティティを持たないロック・バンドたちは、商業システムにアクセルを踏まれ黙々とフラクタルなストライプの歩道で踊らさていた。
一方、ブームとは無縁なスタンスで海外のサブカルチャーと密接なネットワークを形成したボアダムスや少年ナイフなどの関西勢たちは、全米ツアーやチャートへのランク・インで海外のアーティスト達からも注目を集め、オルタナティヴな活躍を続けている。(2001年12月23日)

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